訃報を紹介
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訃報 CARE&CUREで人と向き合う。
夕方遅くに帰宅すると、郵便受けに訃報を知らせる紙が一枚入っていた。通常なら回覧板に挟まれてくるが、葬儀が明日の朝一番に行われるため、町内会のメンバー全員に早急に周知する必要があったのだろう。
玄関先でブーツを脱ごうとしてファスナーに手をかけたところで止まった。
「もう、二度と、会えないんだ。」
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亡くなったのは同じ町内に住む90代の男性。(以下、Aさん)挨拶ついでの軽いジョークを交えた立ち話で私を笑わせてくれる可愛い人だった。
今の家に移り住んだのは、今から1年と半年前。引っ越し荷物の片付けが終わり、次に手掛けたプロジェクトは表玄関に面した花壇だった。
家の壁面を隠すようにジャングルのごとく覆い茂っていたモッコウ薔薇を切り倒して根っこを除去した。既存の土をふるいにかけて石ころや根っこを取り除き、土のPH濃度を調べて石灰を撒き、コンポーズと呼ばれる牛糞を原材料とする肥料を撒き、新しい土を追加して土壌を改良した。花壇の周囲、約6メートルに、木製のエッジをひとつづつハンマーで打ち込んだ。苗木農園からトラックの荷台満載の苗木を買い、自分で描いたデザイン図を元に「一本も死なせないぞ」と思いながら、ひとつづつ丁寧に植えつけた。
それらの作業を全て私一人で行った。
半月かけて行った。
つまり、大仕事だった。
そして、そんな私の働きぶりをAさんは毎日見ていた人だった。
Aさんは近所の町医者通いをしていたらしく、毎日昼過ぎになると私の家の前を通った。私の姿が目に入ると必ず寄ってきて話しかけた。
「奥さん、よう頑張るなあ。」
「奥さん、上手やなあ。」
「あんた、できないこと、あるか?」
花壇が完成した後も、街のどこかで見かけると挨拶をして簡単な立ち話をするようになった。Aさんは簡単な会話の中にクスッと笑える話を盛り込んで私を笑わせるのが上手かった。
Aさんは何十年に渡り自治連合会の会長を勤めていたらしく、街の重鎮で皆から慕われていた。行動力がありエネルギッシュな人だったが、今から10年ぐらい前に奥さんが他界し、一人暮らしになり、それを機にガクッと体力が衰えて会長を退いた。それからは若干痴呆気味になり、病状が進行したかと思うと改善して、また進行して改善しての繰り返しだったと、近所の人たちから聞いている。
確かに、私が花壇の手入れをしている時に会うと私が誰か把握できたが、それ以外の場所、例えばスーパーマーケットで会うとAさんは一瞬「誰だったかなあ?」みたいな顔をした。
「私、ほら、新参者ですよ。角地の。花壇の。」
私がそう言うと、いつも「ああ。そうや、そうや。あの奥さんや。いつも花壇、綺麗にしてるなあ。奥さんの顔と一緒やなあ。」と、気の利いた冗談を言って笑わせてくれた。
近所の人たちは「若干、痴呆気味」と言うが、私はそうは思わなかった。
「痴呆気味」じゃなくて「意気消沈」だと思った。
愛する妻に先に逝かれて、独り残されて、「意気消沈」。
だからたまにぼうっとする。私もそうだから、わかる。近所の人たちがAさんを痴呆気味と思うなら、私は若年性痴呆症だと思われていることだろう。Aさんはどうかわからないけど、私は勝手にAさんと自分を同じ分類に入れて親近感を感じていた。
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数ヶ月前まで私の家の前を歩いていた人が、死んでしまって、今はもういない。彼はもう二度と私の家の前を歩くことはない。私はもう二度と彼に会うことはないのだ。
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今から6年と半年前、私の夫が突然この世を去った時、彼が死んだことは、さすがに理解できた。そして、もう彼には会えないことも理解できた。がしかし、それ以外の当たり前のことが認識できるようになるのに1年ほど必要とした。それは、
『私は彼に「もう二度と」会えない』
ということだった。
「もう二度と」
今日は会えない、明日は会えない、今年は会えない。そんな状況は誰にでも起こりえる。でも、生きていればもう一度会えるかもしれない。
だが、死んでしまうと「もう二度と」会えないのだ。この「もう二度と」が死別のキツイところ。死後1年が過ぎて、そのことが漠然と実感でき始めた頃、私は錯乱した。
彼が私のいる場所にいないだけじゃなくて、この世に存在しないことが不思議に思えた。地球の裏まで探しに行っても彼はもうどこにもいないという事実に現実味が湧かなかった。
死別から6年と半年が過ぎた今、彼はこれ以上死ねないぐらい確実に死んでいて、そのことについては脳天を突き抜けるぐらい現実味がある。だから辛くてまだ涙する。それなのに「もう二度と」会えないことに対しては、今でもまだ漠然とした実感ぐらいしかない。
私が死んだ時にまた会えるから、そう思うのだろうか。
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Aさん、今頃は天国で奥さんと再会しているのだろうか。「遅い!10年も何してたのよ?90代まで生きる必要あったの?もっと早く来ればよかったのに。」なんて、奥さんから文句言われて。10年ぶりの夫婦喧嘩を楽しんでいるかもしれない。
Aさん、心から貴方のご冥福を祈ります。奥さんとまた一緒に楽しく過ごしてください。もし私の夫を見かけたら、仲良くしてあげてください。そして、早く迎えに来てと、伝えておいてくださいね。
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